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沿 革

1959年  金平正紀前会長引退(通算戦績38戦14勝(2KO)19敗3分1エキシビジョン、1ノーコンテスト)。
1959年 4月 引退後金平ボクシングジム設立。
1963年 8月 海老原博幸が東京都体育館において日本人3人目、金平ジム初代の世界フライ級チャンピオンとなる。
1966年 3月 金平ボクシングジムより「協栄ボクシングジム」と名称を変更。
1968年 9月 西城正三が日本人で初めて、海外(ロサンジェルス)での世界戦でタイトルを奪取し、世界フェザー級チャンピオンとなる。協栄ジムでは2人目の世界王者。
1969年 3月 海老原博幸が再度王者に返り咲く。
1972年 4月 世界ヘビー級王者、モハメド・アリの試合を日本武道館で実現。
1976年 10月 具志堅用高がWBA世界ジュニアライト級チャンピオンになり、防衛回数はその後13回を数え、同級の世界記録を作る。
1980年 2月 金平正紀会長、全日本ボクシング協会会長に就任。
1980年 8月 上原康恒がWBA世界ジュニアライト級チャンピオンとなる。
1981年 12月 渡嘉敷勝男がWBA世界ジュニアフライ級チャンピオンとなる。
先輩、具志堅が失ったタイトルルをわずか9ヶ月で奪回しその後、5回の防衛を成し遂げる。
1992年 4月 鬼塚勝也がWBA世界ジュニアバンタム級チャンピオンとなり、その後5回の防衛を成し遂げる。
1992年 6月 ユーリ・アルバチャコフがロシア人初のWBC世界フライ級チャンピオンとなり、9回の防衛に成功。世界中のボクシング界のみでなく、各界に大きな影響を与える。
1993年 10月 オルズベック・ナザロフがキルギス人として初めてのWBA世界ライト級チャンピオン獲得。
1999年 3月 協栄ボクシングジム創設者、会長金平正紀氏大腸がんのため65歳で死去。
1999年 4月 協栄ボクシングジム2代目会長に金平桂一郎氏が就任。
2002年 5月 佐藤修がWBA世界スーパーバンタム級チャンピオンとなる。
2006年 8月 亀田興毅WBA世界ライトフライ級チャンピオンとなる。
2006年 12月 亀田興毅初防衛後返上。
2007年 3月 坂田健史WBA世界フライ級チャンピオンとなる。その後5回の防衛に成功。
2012年 3月 佐藤洋太WBCスーパーフライ級チャンピオンになる。その後2回の防衛に成功。